ビジネスケアラーによる親への虐待を防ぐ
仕事と介護の両立の先にある、もう一つの課題
親の介護をしながら働く「ビジネスケアラー」が増えています。
高齢化が進む中で、働きながら親の介護を担うことは、もはや特別なことではありません。
仕事を続けながら、病院への付き添い、ケアマネジャーとの相談、介護サービスの手配、買い物、食事の準備、排泄や入浴の介助など、多くのことを担っている人もいます。
介護は、始まったばかりの頃には「親のためにできることをしたい」という気持ちから始まることが少なくありません。
しかし、介護が長期化すると、状況は少しずつ変わっていきます。
仕事が忙しい。
介護のために早退や遅刻が増える。
職場に迷惑をかけているように感じる。
親の認知症が進み、同じことを何度も聞かれる。
以前できていたことができなくなっていく。
夜間の対応で眠れない。
休日も介護で終わってしまう。
自分の時間がなくなる。
そして、誰にも相談できないまま、介護者の心身が疲弊していきます。
その先にある深刻な問題の一つが、高齢者虐待です。
もちろん、介護をしている人の多くは、親を傷つけようと思って介護を始めているわけではありません。
むしろ、「自分が親を支えなければならない」「親を施設に入れるのはかわいそうだ」「自分がもっと頑張らなければならない」と考え、限界まで頑張ってしまう人がいます。
その「頑張り」が、いつの間にか虐待につながってしまうことがあります。
だからこそ、ビジネスケアラーによる親への虐待を防ぐためには、介護者を単純に「加害者」として捉えるだけでは十分ではありません。
必要なのは、虐待が起きる前に、介護者の負担や孤立に気づき、支援につなげることです。
この記事では、仕事と介護を両立するビジネスケアラーと親への虐待について考えます。
1.ビジネスケアラーとは何か
ビジネスケアラーとは、一般的に、働きながら家族などの介護を担う人を指します。
会社員だけではありません。
自営業者、パートタイマー、契約社員、フリーランスなど、働きながら家族の介護を担っている人も含めて考えることができます。
介護というと、仕事を辞めて親のそばにいる人をイメージすることがあるかもしれません。
しかし、実際には仕事を続けながら介護をしている人も少なくありません。
朝、出勤する前に親の食事を準備する。
仕事中にケアマネジャーから電話が入る。
昼休みに病院へ電話をする。
仕事が終わったら親の家に向かう。
帰宅後に自分の家事をする。
夜中に親から電話がかかってくる。
このような生活が続くと、介護者は身体的にも精神的にも疲れていきます。
しかも、介護の負担は一定ではありません。
親の状態が悪化すれば、必要な支援も増えていきます。
認知症が進行すれば、見守りの必要性が高まることがあります。
転倒や体調不良があれば、病院への付き添いが必要になります。
介護サービスを利用していても、家族にしかできないことが残る場合があります。
その結果、ビジネスケアラーは「仕事」と「介護」の二つの責任を同時に抱えることになります。
2.介護と虐待は、決して無関係ではありません
高齢者虐待という言葉を聞くと、「暴力を振るうこと」を思い浮かべる人が多いかもしれません。
しかし、高齢者虐待には身体的虐待だけではなく、心理的虐待、介護・世話の放棄・放任、経済的虐待、性的虐待などがあります。
たとえば、親を叩く、蹴るといった行為は身体的虐待です。
一方で、
「何度同じことを言えば分かるの」
「もう何もできないんだから」
「迷惑ばかりかけて」
などと繰り返し怒鳴ったり、人格を否定したりすることも、心理的な虐待につながる可能性があります。
必要な食事や水分を十分に与えない。
必要な介護を受けさせない。
受診が必要なのに放置する。
排泄の介助をしない。
こうした行為は、介護・世話の放棄・放任につながる可能性があります。
また、親の年金や預金などを本人の意思に反して使用することは、経済的虐待につながる可能性があります。
重要なのは、虐待は「殴る」という分かりやすい行為だけではないということです。
日常生活の中で、少しずつ親への対応が変わっていくことがあります。
最初は「今日は疲れているから仕方がない」という程度だったものが、次第に怒鳴ることが増えていく。
そして、介護者自身が「最近、親に対してイライラすることが増えた」と感じる。
この段階で支援につながることが、虐待防止の重要なポイントになります。
3.「虐待する人=悪い人」と決めつけるだけでは防げない
虐待を防ぐうえで、とても重要なことがあります。
それは、虐待をした人を擁護することではありません。
虐待という行為は、当然、見過ごしてよいものではありません。
しかし、虐待が起きる背景を理解しなければ、虐待を繰り返さないための支援を考えることができません。
介護者が、
「親を大切にしたい」
と思っている。
それでも、
「もう限界だ」
という状態になってしまうことがあります。
介護疲れ。
睡眠不足。
仕事上のストレス。
経済的な不安。
夫婦関係の問題。
兄弟姉妹との関係。
親との長年の確執。
認知症によるBPSD(行動・心理症状)。
こうしたさまざまな要因が重なって、介護者の余裕がなくなっていくことがあります。
余裕がなくなると、人は感情をコントロールしにくくなります。
普段なら受け流せる親の言葉が、強いストレスになることもあります。
何度も同じ質問をされる。
「財布を盗った」と疑われる。
夜中に起こされる。
外出しようとする親を止めなければならない。
こうしたことが毎日のように続けば、介護者の精神的負担は大きくなります。
だからこそ、虐待防止には、親への支援だけでなく、介護者への支援も必要なのです。
4.「介護を自分一人でやらなければ」という思い込み
ビジネスケアラーが追い込まれる大きな要因の一つに、「自分が介護しなければならない」という思いがあります。
長男だから。
長女だから。
親と一番近くに住んでいるから。
兄弟の中で自分だけが時間に余裕があるから。
親が「他人には世話になりたくない」と言うから。
さまざまな理由があります。
しかし、介護を家族一人で抱える必要はありません。
介護保険サービスなど、社会には介護を支える仕組みがあります。
訪問介護。
通所介護。
短期入所。
訪問看護。
福祉用具。
住宅改修。
その他にも、さまざまなサービスがあります。
重要なのは、「介護サービスを利用すること=親を見捨てること」ではないということです。
むしろ、必要な支援を利用することで、家族が無理なく親との関係を続けられることがあります。
介護者が倒れてしまえば、親を支えることも難しくなります。
だからこそ、
介護を頑張ることと、介護を一人で抱えることは違います。
この認識を持つことが重要です。
5.「良い子」であろうとすることが介護者を追い込む
親子関係には、長い歴史があります。
子どもが大人になってからも、「親には恩がある」という思いを持っている人は少なくありません。
そのため、介護が始まると、
「今まで育ててもらったのだから、自分が面倒を見るのは当然だ」
と考えることがあります。
もちろん、親を大切にしたいという気持ちは尊重されるべきです。
しかし、その気持ちが強すぎると、介護者自身の生活が犠牲になることがあります。
仕事を休む。
有給休暇を使い切る。
睡眠時間を削る。
友人との付き合いをやめる。
趣味をやめる。
家族との時間を減らす。
そして、最終的には仕事を辞める。
そこまでして介護を続けても、親の状態が改善するとは限りません。
むしろ介護者の疲労が蓄積し、親に対する怒りや苛立ちが強くなる可能性があります。
「親のために頑張る」ことが、結果として親子双方を苦しめてしまうことがあるのです。
6.虐待の前兆に気づく
虐待防止では、虐待が発生してから対応するのではなく、前兆の段階で気づくことが重要です。
たとえば、介護者に次のような変化が見られた場合です。
「もう介護を続けられない」と頻繁に話す。
親への不満を強く口にする。
仕事中も介護のことで頭がいっぱいになっている。
睡眠不足が続いている。
遅刻や欠勤が増える。
仕事中に介護関連の電話を何度もしている。
以前よりイライラすることが増えた。
親との関係について「腹が立つ」「顔を見るのも嫌だ」と話す。
一人で介護を抱えている。
兄弟姉妹や他の家族から支援を受けられていない。
介護サービスの利用を拒否している。
こうしたサインは、必ずしも虐待を意味するものではありません。
しかし、介護者の負担が大きくなっている可能性があります。
「虐待していませんか?」
と直接聞くことが難しい場合でも、
「介護、大変ではありませんか?」
「夜は眠れていますか?」
「一人で抱えていませんか?」
「困ったときに相談できる人はいますか?」
といった声かけができます。
虐待防止は、こうした小さな声かけから始まることがあります。
7.認知症介護では、介護者の負担が大きくなりやすい
親が認知症になると、介護者の負担はさらに大きくなる場合があります。
認知症の症状には個人差がありますが、記憶障害や見当識障害などに加え、行動・心理症状が現れることがあります。
何度も同じ質問をする。
家族を認識できなくなる。
物を盗られたと訴える。
外に出ようとする。
夜間に起きる。
介護を拒否する。
怒りっぽくなる。
こうした状態に毎日対応していると、介護者は疲弊します。
特に、「以前の親」と「現在の親」の違いに戸惑うことがあります。
「昔はこんな人ではなかった」
「どうして分かってくれないのか」
という気持ちが生まれることがあります。
しかし、認知症の症状によって生じている行動を、単純に「わがまま」と捉えてしまうと、親子双方の関係が悪化することがあります。
認知症について正しく知ることは、虐待防止にもつながります。
「親がわざと困らせている」のではない。
「本人にもコントロールできない症状がある」。
この理解だけでも、介護者の受け止め方が変わることがあります。
8.介護者が怒りを感じること自体は悪いことではない
介護をしていると、親に対して怒りを感じることがあります。
「どうしてこんなことをするの」
「何度言えば分かるの」
「もう勘弁してほしい」
と思うこともあるでしょう。
しかし、怒りという感情を持つこと自体が悪いわけではありません。
問題は、その怒りをどう扱うかです。
怒りを我慢し続ける。
自分を責める。
誰にも相談しない。
その結果、怒りが爆発してしまう。
こうした状態は避けなければなりません。
怒りを感じたら、いったんその場を離れることも必要です。
安全を確保したうえで、別の部屋に移動する。
深呼吸する。
誰かに電話する。
ケアマネジャーに相談する。
介護サービスを追加できないか検討する。
ショートステイなどを利用して、介護者が休む時間をつくる。
「親を大切にするために、いったん離れる」。
それも立派な介護です。
9.仕事と介護の両立支援は、虐待防止にもつながる
企業にとって、ビジネスケアラーへの支援は「介護離職を防ぐ」という目的だけではありません。
介護者が安心して働き続けられる環境をつくることは、介護者の孤立を防ぎ、結果として親への虐待防止にもつながる可能性があります。
仕事と介護を両立できる環境があれば、介護者は収入を維持できます。
社会とのつながりも維持できます。
職場で人と話すことができます。
仕事によって介護以外の時間を持つこともできます。
これは介護者の精神的な安定にとって重要です。
反対に、介護のために仕事を辞め、社会との接点がなくなれば、介護者が家庭の中に閉じこもってしまう可能性があります。
「親と自分しかいない」という状態になると、介護の問題を客観的に捉えることが難しくなる場合があります。
したがって、介護離職を防ぐことは、単に労働力を確保するためだけではありません。
介護者と親の双方を守るという意味でも重要なのです。
10.職場で「介護の話をしてもよい」という雰囲気をつくる
企業における虐待防止の第一歩は、従業員が介護について相談できる環境をつくることです。
「介護は家庭の問題だから、会社には言いにくい」
そう思っている従業員は少なくありません。
上司に話したら評価が下がるのではないか。
仕事を任せてもらえなくなるのではないか。
周囲から「仕事より介護を優先する人」と思われるのではないか。
こうした不安があると、介護の問題を隠してしまいます。
そして、限界になってから突然、休職や退職を申し出ることがあります。
そのため企業は、
「介護について相談してよい」
「早めに相談してほしい」
「介護サービスを利用することは悪いことではない」
「仕事を続けながら介護する方法を一緒に考える」
というメッセージを発信することが重要です。
11.管理職が知っておきたい介護者の変化
職場で最も身近に従業員の変化に気づける立場の一つが管理職です。
管理職が介護の専門家になる必要はありません。
しかし、介護による負担が従業員の仕事に影響する可能性があることを理解しておくことは重要です。
たとえば、
遅刻が増えた。
早退が増えた。
有給休暇の取得が急増した。
残業を避けるようになった。
仕事中に電話対応が増えた。
以前より疲れている。
ミスが増えた。
表情が暗い。
こうした変化があった場合、「仕事への意欲が低下した」と決めつけるのではなく、
「何か困っていることはありませんか」
と確認することが大切です。
その一言が、介護者を支援につなげるきっかけになるかもしれません。
12.「介護のために休む人」ではなく「介護と仕事を両立する人」と考える
職場で介護をしている従業員を見ると、
「介護で休む人」
という見方をしてしまうことがあります。
しかし、それだけではありません。
その人は、仕事をしながら介護も担っている人です。
仕事と介護の両方を抱えているからこそ、疲れている可能性があります。
企業が目指すべきなのは、介護を理由に従業員を特別扱いすることではありません。
必要なときに必要な支援を受けられる環境をつくることです。
相談窓口を設置する。
介護に関する情報を提供する。
管理職研修を行う。
柔軟な働き方を検討する。
介護休業や介護休暇などの制度について周知する。
外部の介護相談窓口を設ける。
こうした仕組みが、従業員の「一人で抱える」という状態を変えていきます。
13.家族内の役割分担を見直す
介護者が一人で追い込まれないためには、家族内の役割分担も重要です。
兄弟姉妹がいる場合、
「親の近くに住んでいる人が全部やる」
という形になっていないでしょうか。
近くに住んでいる人が、通院、買い物、食事、掃除、金銭管理、介護サービスとの連絡など、すべてを担っているケースがあります。
一方、遠方の兄弟は「任せている」という状態になっていることがあります。
しかし、遠方に住んでいてもできることはあります。
電話で親と話す。
介護費用を負担する。
介護サービスについて情報を調べる。
必要な物品を購入する。
親族間の連絡役を担う。
定期的に帰省する。
重要なのは、介護を「誰が何時間するか」だけで考えないことです。
介護に関する責任を家族で分担することが大切です。
14.親子関係がもともと悪い場合にも注意が必要
虐待防止を考えるとき、忘れてはいけないのが、親子関係の問題です。
すべての親子が仲良く暮らしているわけではありません。
親から厳しく育てられた。
子どもの頃に十分に愛情を受けられなかった。
長年、親子関係が悪かった。
親から否定され続けた。
そうした過去を持つ人が、親の介護を担うことがあります。
その場合、
「介護をしなければならない」
という現在の問題に、過去の感情が重なることがあります。
親への怒り。
悲しみ。
恨み。
罪悪感。
「それでも自分が面倒を見なければならない」という責任感。
さまざまな感情が入り混じります。
このような場合、介護者に「親なんだから大切にしなさい」と言うだけでは問題は解決しません。
むしろ、介護者自身が抱えている感情を否定せず、必要に応じて第三者に相談できる環境が必要です。
15.虐待を疑ったら、介護者だけで解決しようとしない
もし親への虐待が疑われる状況になった場合、家族だけで何とかしようとしないことが重要です。
高齢者本人の安全を確保する必要があります。
同時に、介護者への支援も必要です。
地域包括支援センターなど、高齢者の介護や権利擁護などについて相談できる窓口があります。
介護保険サービスについては、担当のケアマネジャーに相談することもできます。
重要なのは、
「虐待してしまったから、もう誰にも相談できない」
という状態にしないことです。
虐待が疑われる場合には、親の安全を最優先にしながら、専門機関につなげていく必要があります。
「誰にも言わないでおこう」と抱え込むことが、状況をさらに悪化させることがあります。
16.「助けを求めること」は介護の失敗ではない
介護者に伝えたいことがあります。
助けを求めることは、介護の失敗ではありません。
介護は一人で完璧にできるものではありません。
親が認知症になった。
介護量が増えた。
仕事との両立が難しくなった。
夜間の対応が増えた。
介護者自身が体調を崩した。
こうしたときに支援を求めることは、自然なことです。
むしろ、限界になるまで我慢することのほうが危険です。
「まだ大丈夫」
と思っているうちに相談することが大切です。
介護が始まった段階。
親の状態が変化した段階。
仕事との両立が難しくなった段階。
イライラが増えた段階。
眠れなくなった段階。
このような段階で相談してよいのです。
17.虐待防止は「介護者を責めること」ではない
高齢者虐待を防止するためには、虐待を許してはいけません。
しかし、それと同時に、
「なぜそこまで追い込まれたのか」
を考える必要があります。
介護者を責めるだけでは、次の虐待を防げないことがあります。
必要なのは、
介護者の負担を減らす。
介護サービスにつなげる。
仕事を続けられるようにする。
家族の協力を得る。
相談できる人をつくる。
介護者が休む時間を確保する。
親の認知症などについて正しく理解する。
必要に応じて専門機関につなぐ。
こうした支援です。
虐待防止は、虐待が発生してから始めるものではありません。
介護者が「もう限界だ」と感じる前から始める必要があります。
18.企業ができる「虐待予防」という視点
これまで企業の介護支援は、主に「介護離職を防ぐ」という観点から語られてきました。
もちろん、介護離職防止は重要です。
しかし、これからはもう一歩進んで、
「介護者と要介護者の双方を守る」
という視点が必要ではないでしょうか。
企業は家庭の介護に直接介入することはできません。
しかし、従業員が一人で介護を抱え込まないようにすることはできます。
介護について学ぶ機会をつくる。
相談先を知らせる。
早期相談を促す。
管理職が介護の兆候に気づけるようにする。
介護休業などの制度を周知する。
外部の専門家につなぐ。
こうした取り組みは、結果として介護者の孤立を防ぎます。
そして、介護者の孤立を防ぐことは、親への虐待を予防するための重要な土台になります。
19.「介護離職防止」と「虐待防止」を別々に考えない
介護離職と高齢者虐待は、一見すると別の問題に見えます。
しかし、背景には共通するものがあります。
それは、介護者が一人で抱え込むことです。
仕事を辞めてしまう。
社会との接点が減る。
収入が減る。
介護の負担が増える。
誰にも相談できない。
この状態が続けば、介護者も親も苦しくなります。
だからこそ、
「介護離職を防ぐ」
という取り組みと、
「高齢者虐待を防ぐ」
という取り組みを別々に考えるのではなく、
介護者が孤立せず、仕事や社会とのつながりを保ちながら介護できる環境をつくる
という共通の視点で考えることができます。
20.ビジネスケアラー本人ができること
最後に、ビジネスケアラー本人ができることを整理します。
まず、自分の限界を認識することです。
眠れない。
常にイライラする。
仕事に集中できない。
親に怒鳴ってしまう。
親の顔を見るだけで腹が立つ。
介護から逃げたいと思う。
こうした気持ちが出てきたら、「自分は介護に向いていない」と考えるのではなく、
「介護の負担が大きくなっているのかもしれない」
と考えてください。
次に、介護を一人で抱えないことです。
ケアマネジャー。
地域包括支援センター。
医療機関。
介護サービス。
家族。
友人。
職場。
社内外の相談窓口。
さまざまな人や機関を頼ってください。
そして、仕事を続けることをあきらめないことも大切です。
仕事は単なる収入源ではありません。
社会とのつながりであり、自分自身の生活を維持するための大切な要素でもあります。
介護だけが人生になってしまわないようにすることは、決して親を大切にしていないということではありません。
21.親のためにも、介護者自身の人生を守る
介護をしていると、
「親のためなら、自分はどうなってもいい」
と思ってしまうことがあります。
しかし、本当にそれでよいのでしょうか。
介護者が疲れ果ててしまえば、親に優しく接することも難しくなります。
介護者が仕事を失えば、生活そのものが不安定になるかもしれません。
介護者が心身ともに限界になれば、親を支えることもできなくなります。
だからこそ、
親を守るためにも、介護者自身の人生を守る必要があります。
仕事を続ける。
休む。
友人と会う。
趣味を持つ。
一人になる時間をつくる。
介護サービスを利用する。
専門家に相談する。
これらはすべて、「親を大切にすること」と矛盾しません。
22.虐待を防ぐために必要なのは「頑張らせること」ではない
介護者に、
「親孝行をしましょう」
「家族なのだから支えましょう」
「できる限り自宅で介護しましょう」
と伝えるだけでは、虐待防止にはなりません。
必要なのは、介護者にさらに頑張らせることではありません。
むしろ、
頑張りすぎなくても介護できる仕組み
をつくることです。
「一人で抱えなくていい」
「相談していい」
「介護サービスを使っていい」
「仕事を続けていい」
「休んでいい」
「親と距離を置く時間があっていい」
という環境をつくることです。
介護者が「助けて」と言える社会。
企業が「相談してください」と言える職場。
地域が「一緒に考えます」と言える仕組み。
こうした環境があってこそ、虐待の予防につながります。
23.早期相談が親と介護者の双方を救う
介護の問題は、時間が経てば自然に解決するとは限りません。
むしろ、親の状態が変化することで、介護負担が大きくなることがあります。
だからこそ、早期相談が重要です。
まだ介護サービスを使っていない。
まだ仕事を休んでいない。
まだ親に怒鳴っていない。
まだ限界ではない。
その段階でも相談してよいのです。
「何を相談したらいいか分からない」
という状態でも構いません。
相談することで、現在の状況を整理できます。
利用できるサービスを知ることができます。
家族で話し合うきっかけができます。
職場に相談するタイミングを考えることもできます。
早く相談することは、弱さではありません。
問題が大きくなる前に対処するための、重要な行動です。
24.企業に求められる「介護の見える化」
企業がビジネスケアラーを支援するためには、まず「介護をしている人がいる」という事実を把握する必要があります。
しかし、従業員が自分から介護について申告するとは限りません。
介護はプライベートな問題だと思っている。
会社に知られたくない。
評価への影響が心配。
同僚に知られたくない。
そうした理由から、介護を隠している人もいます。
そのため、企業は「介護している人は申し出てください」と待つだけでは不十分な場合があります。
定期的に介護に関する情報を発信する。
社内研修を行う。
相談窓口を周知する。
管理職に介護の基礎知識を提供する。
従業員が匿名で相談できる仕組みを検討する。
こうした取り組みによって、「介護について話してもよい」という文化をつくることが重要です。
25.管理職の一言が虐待予防につながることがある
管理職が、
「仕事のことで何か困っていますか?」
と聞くだけでは、従業員が介護の話をしないことがあります。
一方で、
「最近、介護と仕事の両立について相談される社員が増えています。
もし何かあれば、早めに相談してください」
という言葉があれば、相談への心理的なハードルが下がるかもしれません。
重要なのは、管理職が介護問題を解決することではありません。
相談につなげることです。
そして、相談を受けた管理職が一人で抱え込まないことも大切です。
人事・労務部門。
産業保健スタッフ。
社内相談窓口。
外部の介護相談窓口。
地域の相談機関。
必要なところにつなぐことが、管理職の役割になります。
26.介護者を孤立させないことが虐待防止の鍵
高齢者虐待を防ぐために、親の状態を見ることはもちろん重要です。
しかし、それと同じくらい、
介護者が孤立していないか
を見ることが重要です。
介護者が誰にも相談できない。
介護の悩みを話せる人がいない。
仕事も休めない。
家族の協力もない。
親との関係も悪い。
自分の時間もない。
このような状態が続いているなら、虐待のリスクを高める要因が重なっている可能性があります。
だからこそ、
「介護者を支えることは、親を支えること」
でもあるのです。
27.「家族だから」という言葉だけで介護を背負わせない
日本では、「家族なのだから介護するのは当然」という考え方が根強く残っています。
しかし、家族であることと、一人で介護を担うことは別の問題です。
家族だからこそ、社会の支援を利用してもよいのです。
家族だからこそ、介護者が倒れないことが重要なのです。
家族だからこそ、親子関係を壊さないために第三者の力を借りることが必要な場合があります。
「家族なのだから頑張る」から、
「家族だからこそ、必要な支援を使う」
へ。
介護に対する考え方を変えていくことが必要です。
28.虐待防止は「介護する人」と「介護される人」の両方を守ること
高齢者虐待防止というと、どうしても高齢者本人への支援に目が向きます。
もちろん、それは非常に重要です。
しかし、家庭内介護の場合、高齢者と介護者は切り離して考えることができません。
介護者が疲弊すれば、高齢者にも影響します。
高齢者の状態が悪化すれば、介護者の負担も増えます。
この関係を理解することが重要です。
だからこそ、虐待防止には、
「高齢者を守る」
だけではなく、
「介護者を追い詰めない」
という視点が必要です。
29.ビジネスケアラー支援を「人権」の問題として考える
仕事と介護を両立することは、単なる福利厚生の問題ではありません。
介護者にも、自分自身の生活があります。
働く権利があります。
休む権利があります。
社会とつながる権利があります。
自分の人生を生きる権利があります。
一方、介護を受ける親にも、尊厳を持って生活する権利があります。
この二つを対立させるのではなく、双方の尊厳を守ることが重要です。
「親のために仕事を辞める」
「仕事のために親を放置する」
という二者択一ではありません。
社会の支援を使いながら、両方を守る方法を探すことが必要です。
30.これからの介護離職防止に必要な視点
これからの企業における介護離職防止は、
「介護休業制度があります」
「介護休暇が取得できます」
と制度を案内するだけでは十分ではありません。
制度を利用する前の段階で、従業員が相談できる環境をつくることが重要です。
親がまだ元気な段階から介護について考える。
親の変化に早く気づく。
介護サービスについて知る。
家族で話し合う。
職場に相談する。
専門家につながる。
こうした「早めの準備」が、介護者の負担を減らします。
そして、介護者の負担が減れば、親への虐待を予防することにもつながります。
おわりに
親を守るために、介護する人も守る
ビジネスケアラーによる親への虐待を防ぐために、最も大切なことは何でしょうか。
それは、介護者を孤立させないことです。
介護者が疲れていることに気づく。
「大丈夫ですか」と声をかける。
相談できる場所を知らせる。
介護サービスにつなげる。
家族で役割を分担する。
職場で仕事と介護を両立できるようにする。
そして、介護者が「もう限界です」と言える環境をつくる。
虐待は、突然起こるとは限りません。
その前には、
「疲れた」
「もう無理だ」
「誰かに助けてほしい」
というサインがあるかもしれません。
そのサインを見逃さないことが重要です。
介護者が親に怒りを感じることがあります。
介護から逃げたいと思うこともあります。
親と距離を置きたいと思うこともあります。
それだけで、その人が悪い介護者だということではありません。
介護には、それほど大きな負担がかかることがあるからです。
大切なのは、限界になるまで一人で抱え込まないことです。
介護サービスを利用していい。
人に頼っていい。
仕事を続けていい。
休んでいい。
親と離れる時間を持っていい。
専門家に相談していい。
「自分だけで親を支えなければならない」という考えから解放されることも、介護を続けるためには必要です。
そして企業にも、できることがあります。
介護について相談できる職場をつくる。
管理職が介護のサインに気づけるようにする。
従業員に介護の情報を届ける。
相談窓口を設ける。
外部の専門家につなぐ。
介護離職を防ぐ。
これらは、単に会社の人材を守るためだけの取り組みではありません。
働く人の生活を守り、その人が介護する親の生活を守るための取り組みでもあります。
介護者を守ることは、要介護者を守ることです。
そして、
介護者を孤立させないことは、高齢者虐待を防ぐための重要な一歩です。
「親を守るために、自分を犠牲にする」のではありません。
「親を守るために、自分自身も守る」。
その考え方を、家族だけでなく、企業や地域社会全体に広げていくことが必要です。
介護は、家族だけの問題ではありません。
働く人の問題であり、企業の問題であり、地域社会の問題でもあります。
誰かが限界になるまで頑張らなければ成り立たない介護ではなく、必要なときに「助けて」と言える介護へ。
そして、介護する人も、介護される人も、その人らしく生きられる社会へ。
ビジネスケアラーへの支援は、介護離職を防ぐだけでなく、親への虐待を未然に防ぎ、家族の尊厳を守るための取り組みとしても考えていく必要があります。